#014 "高血圧管理について"
にっぽんの家庭医MLをご覧の皆様
頴田病院(かいたびょういん)というところで院長をしております、本田宜久(ほんだよしひさ)と申します。
“ピッツだより”でおなじみ?の飯塚・頴田家庭医療プログラム後期研修医の吉田先生は、現在、総合診療科ローテにどっぷりつかり、バイオの特別強化訓練中なので、吉田先生にかわり私がお送りしてみます。
アメリカ・ピッツバーグ大学家庭医療講座の先生方をお呼びして得た学びを”ピッツだより”としてお届けします。第14回は、再び高血圧管理について、2011年12月6日ピッツバーグ大学家庭医療講座准教授の Dr.Lincolnから学んだことを紹介させていただきます。
“Why do you think you have hypertension?”
2011年12月、ピッツバーグ大学よりDr. Lincolnが再び飯塚に来られました。今回はEmergency Ultrasoundの専門家であるhyde先生とご一緒です。
Dr. Lincolnといえば、第8回ピッツだより“angina”の診断のポイントを伝えて下さった先生です。
今回の招聘では、Dr. Lincolnより高血圧に関して、
- 症例発表で臨床疑問にアドバイスをもらう
- 症例からはなれて一般的な高血圧に関する疑問を聞く
- 診察について
の3本立てで教えて頂きました。そこから印象深いテーマを抜粋し、この原稿をつくりました。
飯塚にアメリカ家庭医療の風が吹き込まれていく様をお楽しみください。
症例プレゼンテーション
現在50才の女性です。2年前初診時の主訴は息切れでした。階段を上ったりすると息切れがするとのことですが、心肺肝腎などに異常なし。Hb 10.0g/dl、フェリチン <3ng/mlの鉄欠乏生貧血を認めました。 鉄剤を処方し、息切れは改善していきました。 しかし、貧血と息切れの改善とともに、血圧が180/110mmHg と高値であることが判明致しました。
一年ほど前のことです。鉄剤を飲む前、収縮期血圧は100mmHg 程度。100mmHg 以下のこともしばしばだったそうで、彼女は怖くなって鉄剤内服を止めました。時を同じくして、月経周期が長くなり、かつ不項をなり始め、hot flush や安静時の動悸をしばしば感じ始めました。職場検診の心電図は常に正常です。主治医はアテノロール12.5mg を開始、血圧も改善傾向を示し動悸もなくなりました。
2ヶ月前のことです。収縮期血圧は、依然として160mmHg 程度と高かったため、主治医はアテノロールを25mg に増量。ほどなく、粒状紅斑や紫斑が出現。内服を中止しました。現在の血圧は自宅早朝血圧が160~190 程度あるとのことでした。
以上を提示したのち、以下の疑問をDr. Lincoln に投げかけてみました。
Q.もしよろしければ、どうやって更なる情報を得るか、実際に患者さんに問いかけていただけませんか?
Dr. Lincoln はもちろんと、自ら問診をしてくださいました。
“Why do you think you have hypertension ?” どうして高血圧になったと思いますか?
おっと、いきなりカッコイイ質問です。患者さんは答えます。
「私の父は若い頃から高血圧で脳出血でなくなりました。母も血圧が高くて脳梗塞を起こしました。弟も脳出血をしました。遺伝的なものがあると思います。」
家族歴は?などと勿体ぶって聞く前に、必要な情報があっと言う間に出てきました。その技術かっこ良すぎます。
私からDr. Lincoln に、「why と尋ねたのはどうしてですか?」と訪ねてみました。 「どう考えているのか、または、どう感じているのか。日本の文化をあまり知らないので文化的なこともあるかもしれないので、まず聞きました。米国もまた、多文化の国なので、それぞれの考え方や感じ方を聞くことがとても大切です。例えば、頭痛の方に、どう考えているか尋ね、『脳腫瘍が心配だ』ということであれば、そこにフォーカスをおいて診察をし易いしね。それから、患者さんとの信頼関係を築く上でもとても役に立つんだ。慢性疾患は患者と医者でチームにならないと上手くいかないからね。」
と答えてくださいました。いわゆるFIFE(function,idea,feeling,expect)のうちの2項目がいきなり出てきて、憧れてしまいました。ここでも、患者と医者はチームだという考え方が出て参りました。サラッとでてくるというのが、常日頃そう思っておられるのだなあと、我々を感心させます。
さてDr.Lincoln の患者さんに次の質問をしました。
Dr.L 「頭痛はありませんか?字が見えにくくないですか?」
患者 「いいえ」
研修医 「どうしてそんなことを聞くのですか?」
Dr.L 「今回は慢性だと思うけど、初診でacuteの可能性があるときはurgencyかどうか判断するための質問です。AHAは3回のvisitで血圧が高いことを確認できれば降圧剤開始となっているけれども、それは慢性の場合。また、1回目の診察だとしても、眼底に点状出血やAV nicking(動静脈交叉現象)の所見があれば、1回目でも処方すべきだ。」
はずかしながら、私はAV nickingという言葉を知らなかったので、すぐに聞こえた通りにAV neckingと画像検索しましたところ、大変な画像がでてしまいましたw。
Dr.L 「neckingは恋人が首を抱きしめる仕草のことだよ」
と笑って教えてくれました(恥)。
その後、喫煙や飲酒歴、料理の味付けなど質問し病歴聴取を終えました。 基本中の基本「患者の自己解釈モデルを聞く」ことの効率の良さと、患者との信頼関係をこのような質問で構築していくかっこよさを目の当たりにした瞬間でした。その他の質問は以下の通りです。
Q.このケースで、βブロッカーを使いましたが、どう思いますか?
Q.更年期症状も改善した現時点で、何を選択しますか?
Q.Lincoln先生の日常診療ではどんな薬をよく使っていますか?
Q.もしβ遮断薬やARB使用中の患者さんが鬱病だったら、投薬を中止しますか?
Q.どの時点で二次性高血圧症を疑いますか?
Q.5種類処方しても、血圧が下がらない場合はいつ諦めますか?
答えは以下の通りです。
「たしかにβ遮断薬の推奨レベルは下がってきている。心臓病やAfもないということであればね。 ただ、飛行恐怖症みたいな状態とか、anxiety disorderがある場合は考えるかもしれないね。このケースも更年期の症状とあわせれば、この選択はありかもね(may)。私もそうするかもしれない(という気遣いのコメントかw)。皮疹がでたのはアテノロールではrareだと思うが、あってもよい。次にこの患者が心疾患で本当にβ遮断薬が必要になったときに、使用はためらわないでしょう。ただし、同じアテノロールじゃなくてメトプロロールとか違うものを選ぶと思うよ。交差性がある副作用だとは思わない。」
「一般的に使うのは、利尿剤とACE阻害剤。ハイドロクロルサイアザイドとリシノプリルのジェネリックをよく使う。ジヒドロピリジン系はそれよりちょっと高いんだ。ジルチアゼムは安いけど便秘も起こし易いし、あまり高血圧にという使い方ではない。アムロジピンの副作用?便秘はあまりコモンじゃなくて、浮腫だね。ハイドロクロルサイアザイドは25mgまでで、それ以上はベネフィットは少ないと思う。もちろん、通風や尿酸高値の場合は利尿剤は避けるし、ACEで咳が出る場合はARBも考慮する。ただ、まだARBのジェネリックは少なくて、ARBの先発品については保険会社がyesと言ってくれないことも多いよ。たしかバルサルタンのジェネリックがでてきている。ARBのジェネリックが増えて、使用量も増えてくれば、ARBの真の価値が見つかるかもしれないけれど、今のところ、咳の副作用が少ない以外に、ARBがACEiに勝る効果ははっきりしない。」
「うつ病があったとしても、β遮断薬やARBを止めることはない。Noだ。処方前にはどうもなくて、処方したらうつ病になったとはっきりしていれば考えるかもしれないけれど、どういうケースはほとんど経験しない。
「二次性高血圧について、腎動脈のbruitは必ず全ての患者さんで聞くよ。それから、大腿動脈の拍動も触れる。なぜって?大動脈縮搾症をチェックするという意味もあるね。それから、若い患者の場合は考えるかもしれないし、4剤以上の場合も考慮するけど、その場合は、まず薬局に電話して、どのくらい薬を取りにきているか確認することが先だね。朝夕と薬があれば、ちゃんと飲むことは難しくて8割飲んでいればいい方だからね。アルデステロン症などは電解質異常があるだろう。」
最後に、患者さんの眼底を眼底鏡で観察し所見のないことを確認するかっこいいLincoln先生でした。
今回のtake home messageはやはり “Why do you think ~”の威力を知れ!につきますね。
最近の当プログラムのブームは、「ピッツバーグの先生方の実際の診察風景を見せていただこう!」です。 ケースプレゼンテーションでは、どうしても「家族歴は?既往歴は?」というカテゴリー別の確認をしてしまいがちですが、今回のように、「あと、お願いします」という投げやり風なセッティングによって各先生の特徴を肌で感じて、体得するよい機会となっています。
今回のwhy do you think~? によって、患者中心の医療の基本的技術、態度である「前後に縫うようにして進み、統合的に理解する」実例を目の当たりにすることができました。
われわれの高血圧カンファレンスも少しずつ、レベルがアップしてきたようです。
螺旋階段を登るかのように、診療能力をあげていってくれる、ぴっつかんふぁ。
ちなみに、これまでに私がピッツの先生から衝撃をうけた、3つの会話をまとめます。
股関節痛の問診中に
「痛みがよくなって、世界中旅行に行けると良いですね。」とデュワー先生が問いかけたときの患者の表情の輝き。“そうです!それが私の望みなんです”という感激の表情。 こんなことをお医者さんが言ってくれたのは初めてと感動していました。
禁煙外来中に
「もし宜しければ、あなたの生活について、もう少し聞かせてもらっても良いですか?」とマケット先生が、ジェントルに前置きしたときの、患者の驚き。
“そんなに尊重してくれるのですか、私を。”という感動。
「どうして高血圧になったと思いますか?」とリンカーン先生が訪ねたときの溢れ出すような家族歴に込められた患者の思い。私、この三つだけで、今より随分いい先生になれるような気がしました。
interpersonal communicationという分野では。
長文におつきあいいただき、誠にありがとうございました。次回の報告は、また、吉田先生または他の研修医に託しましょう。
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頴田病院 本田宜久