#012 "COPD(慢性閉塞性肺疾患)患者の診察"
頴田病院ホームページをご覧の皆様
いつもお世話になっております。飯塚・頴田(かいた)家庭医療プログラム後期研修医の 吉田と申します。
今月も“ピッツだより”と題しまして、私たちが米国ピッツバーグ大学から招聘した医師から学んだことをお届けします。
今回は、ちょっとジャンルを変えて身体所見の話題。飯塚病院家庭医療プログラム 加藤先生が“COPD(慢性閉塞性肺疾患)患者の診察”について、外来に患者さんを呼んでUPMC総合内科臨床教授のDr.Lamb(ラム)にプレゼンしたセッションの模様を会話形式でお届けします。5年以上にもわたって飯塚を訪れ、その診察に対する深い考察から“診察の鬼”と称されるラム先生の行う、COPD診察の極意とは?
COPDの診察
(症例)
58歳男性。5年前に前医にてCOPDと診断され、1年前より当院で継続治療を行っている。HOT(在宅酸素療法)導入中。
加藤: 最近50m歩いても息切れがするそうです。アドエアとスピリーバを吸っているのですが、どんな治療をしたらよいでしょうか。
ラム先生: ノンノン、まずは息切れが本当にCOPDによるものか、鑑別疾患を挙げて考えなければいけません。考え方として、息切れの鑑別を挙げるか、COPDの慢性期に合併する病態を挙げるかです。後者は、肺性心をまず考えます。他にも虚血性心疾患、感染によるCOPD急性増悪、特に肺結核や肺アスペルギルス 症などによる慢性感染による緩やかな増悪は外せません。COPD患者が腰痛になったらどうですか?痛みにより深呼吸が阻害され、呼吸苦は増すでしょう。あまりないことですが、肥満のCOPD患者では、呼吸筋疲労しやすいでしょう。まずは患者に病歴を聞きましょう。
ラム先生の病歴聴取
- どんな時に息切れがするのですか?
-50mくらい歩いた時です。 - 歩くと胸痛や胸部不快感はないですか?
-それはないですね。息切れだけです。 - 半年前はどうでしたか?
-50m くらい歩く途中に、何度も休まなくてはいけなかったです。 - じゃあ、この半年に息切れは良くなっているのですね?
-そうですね。先生からもらった吸う薬を始めて、少し良くなった気がします。 - 3 年前はどうでしたか?
-殆ど家の中にこもっていました。歩くのは病院に行く時ぐらい。今の方がいいですね。 - 昔はなんの仕事をしていたのですか?
-建設現場で肉体労働をしていました。トンネルなどでは作業の粉塵がすごくて、それで肺を悪くしたのかもしれません。 ・それは大いにありえますね。(レジデントを見て)ほら、だから職業歴はいつも大事です。 - さて、煙草は吸っていますか?吸っていたのならいつから?
-25 歳ぐらいから、毎日20 本は吸っていました。55 歳くらいの時に禁煙しました。今はもう吸っていません。だって吸うと息がつらいですから。 - 喫煙歴はCOPD 患者では必須ですよ---!! なにより、煙草を止められてよかったですね。さて、これであなたの治療により、患者の自覚症状は良くなっていることはわかりましたよ。
では診察へ
①視診
まず指を見ます。ほら、爪床と爪の角度がなくなっていますね。人差し指同士を合わせるとどうでしょう。ほら、爪同士の間にできるはずのダイヤモンド型の間隙が、この方にはありませんね。これはSchamroth Sign(シャムロス徴候)といって、ばち指の証明になります。
Schamroth Sign については、2010 年のJAMA でも取り上げられていて、ばち指診断の陽性尤度比 7~8、陰性尤度比 0.1~0.2 と優れたテストです。また、指の色を自分の指と比べて下さい。明らかに患者さんの方が白いですね。これはチアノーゼのサインです。さて、これはどの教科書にも載っていないのですが、私の経験ではCOPD 患者は10 人中10 人が手背の静脈が怒張しています。もちろん、私も静脈がよく見える方ですが、COPD 患者では、よく見えない人がほとんどいません。これは末梢の酸素欠乏により血管が発達したものと考えられます。それから、眼瞼を見ます。結膜蒼白であったならば、貧血を疑います。COPD患者では、軽度の貧血で労作時呼吸苦が一気に増すことがありますよ。
次に患者さんに服を脱いで座ってもらい、上半身をよく見て下さい。肉体労働をしていたせいか、筋肉は発達していますね。呼吸筋疲労によるるいそうには至っていません。
-いやー、最近腹が出てきちゃってね。
・体重は減りましたか?
-いや、変わっていないけども。
体重が減らないのに、お腹が出てきたということは、COPD により肺が拡張し、横隔膜を介して胃を圧迫している可能性も考えます。これは間接的なCOPDの身体所見になります。
特に補助呼吸筋をよくみましょう。胸鎖乳突筋が発達していますね。呼吸様式はどうでしょうか。この患者さんは、私と笑顔でしゃべっていますし、途中で発語が途切れることはありませんね。でもほら、時折口すぼめ呼吸をしていますね。どうしてそんな風にするんですか?
-いや、このほうが息が楽なんで時々しています。
そうですね。患者さんは自分で口すぼめ呼吸を覚えてしまうことがあります。だって楽なのですから。知らない患者さんにはぜひ教えてあげましょう。次にHoover’s Sign(フーバー徴候)を試してみましょう。後ろから患者の胸に両手を回し、胸骨のあたりで手をそろえて当てましょう。患者に深呼吸を促すと、どうですか?正常人では胸郭の拡張により両手は離れていきますが、この患者さんでは両手が近付いていくではありませんか。これはエアトラッピングにより拡張した肺で両横隔膜が下に押し下げられて平坦になっていて、吸気時に内側に動くため胸郭も正常人と逆に動くのですね。Hoover’s Signは重症のCOPDで顕著になり、一秒率と緩い相関があります。この患者さんの一秒率は、、、51%ですって。ならばHoover’s Signが陽性となるのもうなずけますね。
どうですか、指・頸部・筋肉・胸郭運動を見ただけで、もうCOPDがありそうだと診断できるではありませんか。
② 胸部所見
さて、胸部の所見では、まず心尖拍動の位置をみます。手根部を胸骨に当てて、心尖部が直接手を押すのか、胸骨越しに押すのか、どこを押すのか感じます。COPDでは肺性心により右心系の拡大を示すことがあります。その場合は、心尖拍動は胸骨左肋間ではなく、胸骨剣状突起の下あたりに触れます。または胸骨そのものを拍動が下から押し上げます。
背部の打診から始めましょう。両下肺部に向かうと、打診の共鳴音が増してきますね。そこを聴診してみて下さい。呼吸音が殆ど聞こえませんね。これは末梢肺野にエアトラッピングを起こしている肺気腫の特徴です。同じCOPDでも、呼吸音がよく聞こえれば、肺気腫よりも慢性気管支炎を疑います。両者の身体所見はちょっとずつ違うのですよ。
③ 頸部・下肢
それでは、患者さんを寝かせましょう。頸静脈を見ますと、臥位で怒張していますね。もし怒張がなければ、脱水などを考えなくてはいけません。また、拍動の様式を見ます。COPDでは、肺性心による三尖弁逆流から、CV waveといって心室収縮期に拍動が上がる現象がみられます。
下肢を見て下さい。末梢動脈疾患などがあると、足~足趾全体にかけて赤紫色を帯びます。片足だけ挙げると、蒼白になりますね。再び下げても対側の足より蒼白なままです。足背動脈はしっかり触れますので、軽度ですが末梢循環不全があるかもしれませんね。最後に前脛骨部の浮腫を見ましょう。。。ないですね。(患者さんが座ったところで)あれ、膝上の両大腿前面がへこみ、色素沈着を伴う苔癬化局面を認めますね。ほら、同じ色素沈着が肘頭にもありますね。これはDahl’s Sign(ダール徴候)といいます。あなたはいつも、座るとき両ひじを腿の上に置いて前かがみに息をしていませんでしたか?
-なんでわかるんですか?その通りです!!
ここまで病歴聴取、診察をして、この患者さんのCOPDは肺気腫メインです。一秒率は良くないかもしれませんが、途切れず会話できること、呼吸補助筋以外の筋肉が発達し、るいそうでないことなどから、最重症ではありません。最初の質問の答えとなりますが、この患者さんの治療法は、薬を増やすことではなく、呼吸筋リハ、口すぼめ呼吸の励行、そして運動時の低酸素血症のチェックです。これらのモニターと訓練により、この患者さんはもっと動けるようになるでしょう。また、もうひとついいことは、この患者さんには診察上合併する心不全の所見がないことです。そこは安心して下さいな。
最後に、ここまでのCOPD診察の各所見を見てみましょう。
所見名、特異度、尤度比 の順
Hoover’s Sign 76-86% LR ≒ 4.1
呼吸音の低下 96% LR ≒ 10
剣状突起下2cm以内の心尖拍動最強点 98%
Dahl’s Sign ラム先生の経験では、中程度~重度の肺気腫をメインとしたCOPDで出現
Carvallo’s Sign 三尖弁逆流症の75%に出現
筆者所感
外来・病棟・救急外来が忙しいからと、ついおざなりになっている身体所見。気がつけば、カルテには検査や治療の記述ばかりで、ちっとも書かれない身体所見。そんな診察の“威力”(“大切さ”ではありません、敢えて“威力”と申します)を教えてくれたのがラム先生です。主訴から鑑別を挙げ、丁寧に診察をすることで、これほど患者の病態が分かるものかと驚嘆しました。さらに新発見は、Dahl’s Signのように、慢性疾患を抱えた患者の体に刻み付けられる身体所見。これをみて家での呼吸様式を言い当てられた患者さんは、驚きとともに、深い信頼をラム先生に寄せたようでした。そんな“癒し&カリスマ”効果も、優れた診察にはあるようで、これは患者さんを長く診ていく上でとても重要です。ラム先生が流れるように診察を行う様は、お茶の手前を見ているようで、そのすべての動きに文献と経験に裏打ちされた意味が込められていることに深く感じ入りました。いやー、自分たちの患者の相談をして、診察で診断ががらっと変わる経験をしてしまうと、ラム先生のようになりたいなとちょっと思ってしまう日々でした。